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私の心に残った風景
               

    


    「夕焼けに光柱」                 飯野 博

心に残った風景、普段あまり考えないことを考えてみると、二枚の写真が
頭に浮かんできました。一枚は10年位前、台風の翌朝に撮った金色に輝く
波、そして、二枚目は平成21年の10月に、湘南平(平塚市)で撮影した夕焼け
に光柱の写真です。

 「金色に輝く波」の写真は台風の翌朝、強風に走る波頭を望遠レンズで
追いかけ撮影したもの。そして、「夕焼けに光柱」は、仕事の都合で撮影に
出掛けられない日には、湘南平の夕焼けの富士山の撮影をする。が数年来の
撮影パターンです。

 この日、太陽は南に傾き箱根の上あたり、富士山の上の雲は、なかなか
染まらない。
その内に箱根の上の雲が突如として真っ赤に染まりだし、しかも光柱が出現。
富士山はそっちのけで、撮影したものです。
 今回、紹介の写真は、「夕焼けに光柱」の写真です。
この二枚で「一期一会」を強く感じています。





        「孤高の大樹」            安斎  健

およそ10年ほど前の秋、初めて白神山地を訪ねた時の一枚です。麓に宿をとり翌朝早く山へ入りました。晴天の恵まれた日で白神の峰々は秋の色に輝いていました。

 岳岱(がくたい)の自然観察教育林に足を踏み入れ、そのブナの森の美しさに圧倒され、しばしその透明な空気に飲み込まれていました。
見回すと同行した二人と私の三人だけでこの森を独占していました。

コースを一周する坂の途中にこのブナの大樹はひときわ目立ち、美しく色づいた葉をその幹にまとい堂々と天を突いていました。
私は木の下にひれ伏すよう体を寄せ、ハッセルSWCでアングルを探りました。
無理な体勢で非常に疲れる撮影でした。
 
しかしこの時、この木と一体感ができたような不思議な気持ちになり、心に残る一枚となりました。


        「初夏の彩り」         松下照子

四季折々と刻々変化する風景に魅了され、撮影して二十数年
が‘あっ’という間に過ぎ去ってしまいました。この「初夏の彩り」は
鳥海山の山麓にある「桑ノ木台湿原」です。


 未だバスが走っていないので林道を1時間半もテクテク歩き、
途中“熊に注意”の看板があり一瞬緊張して笛を吹いたり、
爆竹を鳴らしたりしながら、小鳥のさえずりや爽快な朝の空気を
満喫して歩いていると、林の透き間から赤や白いものがチラチラ
と見え隠れしていました。

湿原に着いた時は青空で鳥海山がすっきり見え、頂には笠雲
のような雲がかかっていました。真っ赤なレンゲツツジや真っ白な
ワタスゲが一面に咲いていて、思わず「わぁっ凄い!綺麗!」と
大声を上げてしまった程です。素晴らしい景色に出会えたことは
感無量で幸せなことと感謝しております。これからも健康である
限り、写真撮影は続けていきたいと思っています。

  


              「晩秋の贈りもの」           村上 謙治  

            撮影地:東京都奥多摩町    6×4.5㎝   150~300㎜

         東京郊外の檜原村や奥多摩は八王子から近く、よく撮影に出
         かけるスポットである。
         11月下旬にもなると日暮は早く、あっという間に薄暗くなる。

        奥多摩で紅葉の撮影を終えて家路に向かった。車を走らせなが
         ら、ふと窓の外を見ると、夕暮れの斜光に照らされた山の紅葉が
         飛び込んできた。急ぎ車を路肩に止めて、カメラをセットする間も
         惜しく、無我夢中でシャッターを切った。

         撮影できたのは僅か数カット。その後、あっという間に薄暮に包
         まれた。
         一瞬のタイミングであった。この光景は神様からのご褒美だろう。

        この時から今まで以上に、どんな風景でも一期一会の気持ちで
         シャッターを切るようになったと思う。

    

     「川の主」         石井 文一郎

  PFJに入会して初めての例会に出品した忘れられない   
 作品です。

 緊張しながら竹内先生の講評を待ちました。
 名前を呼ばれて立ち上がりました
 先生は「これはなかなかいいよネ!」と先生が運営委員
 の方々に言われました。

 続けて「この木は何の木?」「これが川の主?」と私に
 聞いてこられましたが、返答できずにいると、先生は
 「こういう所に生えている木はカツラが多いんだよ」と
 教えてくださいました。

 それ以来、主役に限らず他の多くのことを気にするよう
 になった次第です。






       「湖への誘い」             神  玲子 
      

            撮影地:青森県十和田市蔦  film:6×4.5      

      PFJに入会して最初の例会作品です。

       竹内敏信先生が、木立の樹林の間から湖を見ている、
      発想は良いが湖の樹林の造形、どういう美しさがあるのか、
      道はどうでも良い。
      湖の風合い、手前の樹林の美しさを出しているとのご講評でした。

      感ずるものがなく帰り道、振り返ったら「湖へ」とか「湖に続く道」
      「湖への誘い」と頭に浮かびシャッターを切りました。いつも撮る
      ときに一瞬、題名が浮かびます。

       今は樹々も大きくなり湖の見え方が違い、あのときは条件が
      よかったのに(熊の心配もない)道を多く入れ勿体ないことを
      したなと、原点の未熟な作品に思いを馳せています。



    「雄鹿出現!!」         中小路 靖

           撮影地:宮崎県えびの市 韓国岳

美しい霧島の自然に魅了され、30数年となります。
四季折々の景観を求めてザックに三脚と背負い「いざ撮影登山」。
午前2時に自宅を愛車で出発。えびの高原「韓国岳」登山口までは
1時間の道中、途中で野生鹿の歓迎を受け到着。満点の星空の下、
登山の準備をし、いよいよ登山開始。韓国岳山頂までは約1時間
30分余り。途中休憩しながら山頂に着く。

 山頂からは360度の大パノラマ。
南東方向に霊峰高千穂、南に大浪池、後方に桜島を臨む。
北東には大分県の祖母・傾山。北に熊本県の市房山の眺望。
 月に数回しかない絶好の撮影日和。山頂横に三脚を立てスタンバイ。
午前5時32分日の出を迎え、あたり一面に立ち込めていた霧に柔ら
かい日差しが心地よい。
 山並みに光が差し込み刻々と変わりゆく光景を撮影していると
一頭の雄鹿が出現、三脚からカメラをはずし夢中で撮影。

 長年待ち望んでいた1枚をゲット。やっぱり「霧島」は最高です。




                                
       「 渓のアート 」
         鈴木 啓二朗
               
               撮影:長野県南牧村湯川渓谷 6×7㎝

冬の湯川渓谷に魅せられて毎年通っているが、その時の気温に
左右され、雪ばかり多い時や氷柱群が崩れ落ちていたりと、行くた
びに表情が違うので通ってしまう場所である。

 また、最近の温暖化により、氷柱群が出来てもすぐに落ちる
危険性がある場所で、湯川渓谷までの道は時には険しい時が
あるので、十分な注意が必要な場所でもある。

この写真の時は凍てつく寒さで手がかじかみ、三脚が凍って
しまい伸ばすことも短くすることも出来ない寒さで、この小枝にも
真っ白な霜がついていました。

 自然が作るアートで、心に残った一枚です。一期一会の出会い
の瞬間を求めて、これからも風景写真を撮って行きたいです












     「蜘蛛の巣」        岩部  肇
    
    撮影地:広島県三次市吉舎(きさ)(ちょう)
    撮影年月:2005年9月

  初秋になると、彼岸花を求めて、山あいを廻っている。
家から1時間弱の広島県三次市吉舎町には、数多くの彼岸花の
咲く場所が有り、毎年まずここより出発する。

 この事を、何年続けただろうか。ある日早朝いつもの通り最初に
ゆく場所に行くと、数本ある樹の枝全てに、蜘蛛の巣が見事に張り
巡りされており、早朝、朝霧が立ち込め、それを通した朝日に照ら
された風景は格別であった。

彼岸花を見ると、その時の光景を思いだして止まない。






     「ハマヒルガオ」          木村  彰      

       撮 影 地:千葉県南房総市富浦   撮影年月:2006年5月

   一時期南房総方面の撮影をしていた。
   あるとき富浦海岸で、数少ない貴重なハマヒルガオの小さな群生地に
   巡り合う。土手に小さくまとまって、点在して咲いていた。
   時期になると、撮影に通っていた。
    あるとき、地元の人の話では、何十年かに一度、冬に海岸が荒れず、
   また台風が来なければ、二年後、海辺にハマヒルガオが生育し、大きな
   群生地が出来、それは見事だと話してくれた。

   貴重な情報をもらい、二年後再び訪れ、話で聞いた光景が、現実に
   目の前に広がっており、夢中で撮影。
   ハマヒルガオは咲いたばかりのピンク色に彩られた旬の花、ジュウタン
   のように咲き乱れている浜辺、周りの風景とマッチしていた。
   撮影日和、感謝感激である。
   二度と撮れない心に残った風景写真が撮れた


  
 
    「白い静寂」             西木 由喜夫

 零下20度、快晴、無風。ツアーに参加して、美幌峠で夜明けを待つ。
この日は残念乍ら、雲海は無く、日の出も染まらず平凡な朝だった。
 何気なく後ろを振り返って、あっと息をのんだ。真っ青な空をバックに
素晴らしい霧氷の樹々が、静寂の中に並んでいる。深い雪を少しばか
りラッセルして、ハスキーの重い三脚を雪の中に放り込み、夢中に
なってシャッターを押した。

 一息ついて辺りを見回すと、少し離れた所で、同じようにレンズを
向けた人が一人二人。人の好みは色々だが、私はこの風景が忘
れられない。
 その後もう一度この風景に出会いたくて、何度か美幌峠で夜明けを
待ったが再会できていない。

 W・ワーズワースは「大人になっても虹を見て胸が踊る自分をありが
たく思う。」と言っているが、風景写真をやればこそ出会える感動風景
を、この歳になっても胸踊らせて期待して出かけられる自分をありが
たく思っている。



            「霧氷の朝」            久保山 武彦


            22回展に初出展させていただいてから早いもので、今回で8回目
            となりました。

             日頃、仕事の関係から、金曜日の夜から土日を有効に使い車で
            出掛けるというスタイルを続けております。

            本来ならば例会において、会員の皆様の作品を拝見しながら勉
            強することが一番と考えておりますが、それも叶いませんでした。


             第26回展に「霧氷の朝」が記憶に残る一枚となりました。霧氷を
            狙って高ボッチ高原に早朝3時着で出発し、待機していましたが、
            その日は撮れずに、結局
           
             2日目の朝に何とか撮影することが出来たことを思い出します。






     「春の岬」          角田 茂已

    撮影地:和歌山県 潮岬  撮影日:平成26年3月28日


 南紀州の波を求めて七里御浜に行きました。しかし全く波が
なく、足を延ばして本州の最南端である潮岬に行くことにしました。
42号線をくねくねと廻りながら行くうち、陽はだんだん高くなるば
かりでした。


駐車場に着き、そこから歩くこと20分、熱帯を思わせるような
匂いの樹林を抜けると視界がパッと広がるそこには、そそり
立つ岩礁が視野に、正に海のピラミッドのようでした。

浜に降りる道はなく、崖ギリギリに三脚を立てカメラバッグに
乗り、吹き上げる風を避けながら撮った一枚です。

次回は日の出前後に挑戦したいと思っています。









                    


                      「夕陽の槍ヶ岳」            柴田 邦彦
     
    
                        
「テレビのニュースに映った感動の一枚」       

                   撮影日の奥穂高は吹き上げる強風と濃いガスが立ち込め、
                   雪まじりの雨も降るという悪条件でした。3時間ほど粘ったが
                   天候は回復せず。
                   すでに山頂には私ひとりとなり、日も沈み始めたので下山する
                   ことにしました。

                   5分ほど下ったとき、突然!北の空のガスが切れ始め、みる
                   みるうちに夕陽に染まった槍ヶ岳が姿を現しました。
                   慌てて三脚を立てようとしましたが、寒さと吹き上げる強風に
                   煽られなかなか思うようにいかず、やっとの思いで撮影。

                   撮影時間は僅か3分ほどでしたが、感動の瞬間が撮れました。

                   後に写真展に出展した際、皇太子殿下が、私の写真を鑑賞
                   している様子がテレビのニュースで流れました。キャスターが
                   「こんな綺麗な夕陽は登った人でなければ観ることができませ
                   んね」とコメントして、私の写真を紹介してくれました。         

                   今でも忘れない感動の写真です。








       「初 冬」           嶋田 トシ子

  志賀高原は2,000メートル級の山々に囲まれ、大小70余りの     
 湖沼があります。

  秋にはナナカマドの葉も色づき、紅葉が見事な自然豊かな
 場所です。
 「一沼」は渋温泉郷から国道292号線を登って来て最初にある
 沼で、このように呼ばれているそうです。

  この沼に11月下旬に撮影に行きました。
 予想通り薄氷に閉ざされたスイレンの葉、その上に微妙なサジ
 加減で散らした様な粉雪が湖面を飾り、素敵な仕上がりになって
 いました。

  お誘い下さった写友に感謝し、嬉しくなってシャッターを切った
 一枚です。




                                    
         
「多彩満開」          福田 昭子

           埼玉県の秩父市にあるミューズパークには、いろいろな
         花が咲く場所がありますが、秋になる前に、サルスベリを
         見に行ってきました。多彩に咲いているのにびっくりし、
         その風景を撮影しました。


    





 「幻想の朝」                渡來 勤也

  裏磐梯の四季折々の素晴らしい自然に魅了され、朝霧の湧き立つ晩秋の
小野川湖を訪ねるべく、PFJ先輩S氏と夜の常磐道を走る。

 夜半に目的地の小野川湖畔に到着。既に何組かのカメラマンたちが・・・。
急ぎ場所探しに湖岸を奔走、やっとお気に入りの場所を確保。三脚を立て
一安心、雑談で時間を過ごす。
 
夜明け前かなりの冷え込み、これは良い情景になると確信し夜明けを待つ。
日の出を迎え、湖面の朝霧が湖岸の木々を包む光景は神秘的で、陽が昇る
につれ、山肌を染めはじめた頃、磐梯山櫛ヶ峰の二つの峰の間に一塊の
雲が近づき、その中心が徐々に盛り上る。
 
その峰を結ぶ架け橋のようになり朝日が差し込む。
ピンク色に染まった真綿のように柔らかく温みのある光景は、
手を差し伸べ抱き寄せる女神を感じる千歳一隅の奇跡的現象に感動、
震える手でシャッターを押した。

満足感いっぱいで、車に戻るとフロントガラスに霜が厚く凍てついた寒い
朝だった。

       朝日照らす」               山吉 昭

       先輩写友K氏の勧めで平成17年9月に入会しました。
       通信例会では竹内先生より、たまには例会に出てきませんかと
       のメッセージが録音されており、初めて東京の例会会場で講評
       を頂いた作品です。
        
        PFJ入会後初遠征の草津白根山田峠で出会った感動の朝景
       です。
中国地方では出会わない風景でした。
       
        例会会場で先生より名前を呼ばれ緊張した事を思い出します。

       先生の講評でいまでも忘れられない言葉があります。
       作品表現の「空気感」です。大変な言葉を頂いたと、いまだに
       撮影に望む時にこの言葉が頭をよぎります。
  
     
        竹内先生の講評を会場で伺い感銘したことを思い出させて
       くれる作品です。



   「伝説が潜む棚田」   
    柳沢 


 この写真は、長野県千曲市の「姥捨ての棚田」で、信濃町
出身の俳人小林一茶が「信濃では月と仏と俺が蕎麦」と詠んだ
場所で、月が小さな棚田それぞれに映り、「田毎の月」の現場と
言われている場所です。

また、悲しい「姥捨て山」の伝説のある寂しさが感じられる
山村です。

私は北信濃の生まれで、こんな話を幼少の頃から聞かされて
興味を持っており、何度か撮影に行っておりますが、稲の生育
状況と月の出の時刻などが合わず未だ傑作が撮れず、これか
らも良い機会に出会えて、それこそ心に残る1枚をものにしたい
と願っているところです。






         「這う梅」              福田 昭       

    梅の咲く季節になったので、良い場所を探していたの
    ですが、身近な所は殆ど行きつくしたので、少し離れた
    神奈川県に行きました。
     
     そこの別所梅林へ行きますと、かなり珍しい梅の木が
    多くありました。その中で、特に目についたのが、普通
    の梅の様に伸びているのでは無く、横に這う様に伸び
    ている紅白の梅を見つけて、撮影してきました。
     
     一般の梅に比べて、花がまとまらずに、梅全体が大き
    く、花も地面に近いので迫力が感じられました。
    同じ花で、種類によってこんなにも違いがあることに
    大変興味を感じました。

    これからも、諸先輩のご指導をいただきながら、勉強
    をしていきたいと思っています。




    落陽に輝く」      松川 ヨウ子

 
この風景は千葉県九十九里浜の渚です。
大汐で砂浜に押し寄せる波が作る造形、落陽を写し、あたかも
ダイヤモンドをちりばめたように光る様は、思わずシャッターを
切り続けたい衝動にかられました。
 
 このポイントは写真大好きの友人ご夫妻が熱しに通われ、
作品作りに取り組まれた場所です。
優しかった奥様は天国から九十九里浜のカメラマンを見守って    
おられるかもしれません。

 例会に提出したこの作品の講評のあと、竹内先生は「海」を
テーマにするようご指導下さいました。

 しかしこの数年は桜に思いがひかれ渚から足が遠のいていま
したが、原点に戻り「海」をテーマに取り組み少しでも満足のいく
作品を創りたいと願っています。








     苔の石」          城坂 博文     

   PFJ「秋の白馬・奥裾花渓谷」撮影会の二日目(10月
  20日)糸魚川市の五月池で、小雨のなか集合時間の
  15分前位に、そろそろ終わりにしようかと思っていたら
  井上 勇さんと出会った。井上さんは「もう帰るよ」と
  いいながら、左下を指しながら「あそこ」と言って立退き
  された。
   私にはポイントを教えてもらっているとすぐに分かった。
  示されたところにしゃがんでみると、構図がピンと見えて
  きた。
   
   片手でピントを合わせていると、風で傘が飛ばされた。
  それを拾いつつ急いでシャッターを切った。もっと余裕で
  シャッターを切りたいな~と思いながら三脚をたたみ、
  バスのいるところに急いで戻った。皆は座席について窓
  からこちらを見ていて、「早くしろ」と声を掛けられている
  ようで恐縮した









    「 秋  霜 」              平山 務


 平成26年12月6日、朝7時過ぎに鹿沼市大芦川付近での一枚です。

24年この里の秋霜風景に感激し、以後続けて訪れて居るが、
仲々納得の一枚が撮れない。僅かに残る秋色に静かに忍び寄る
冬将軍。

 この移ろいの一瞬が好きで、再度の挑戦をと思います。

 

















      「春めく」           西隈 和晏

 この作品は、12年前PFJに入会し、最初の「四季の彩り」
展への出展となったものです。

 竹内先生の例会で選評をいただいた折「竹の高間と言われ、
竹を撮り続けている写真家がいますが、あなたも竹を主に
作品創りをしてはどうですか。」と助言をいただきました。

 しかしながら竹の写真を出しあぐねていると、今度は、
「望遠使いの写真家がいますが、同じ様に望遠レンズで
細やかな所を広く表現してはどうでしょう。」と例会で再度
助言をいただきました。
以来、望遠に拘り撮影に臨んでいますが、その端緒に
なった風景です。

 年を重ね、歩が緩やかな今、風景の細やかな所により
一層目が向くようになりました。
これからもこの作風を、大切にしたいと考えています。











       「石 鎚」                                  山元 秀夫

元気なころは日帰りで石鎚へ行ったものです。手ぶらなら片道
2時間半、15から18キロの荷物だと3時間半ぐらいでしたが、左足
の前十字靭帯を断絶して、日帰りが無理になり頂上山荘へ連泊
して撮影に行く様になり、朝夕の素晴らしい景色に出会うように
なりました。

石鎚山系がもたらす自然の係わりは大変大きく、南斜面には
四国三郎吉野川が流れ、面(おも)河(ご)川は仁(に)淀(よど)川と
なり高知へ、また北面には加茂川が流れ、西条市に湧水の里を
作り、地面を掘れば伏流水が流れ出す水郷を形成している。

また冬になればアイゼンを付けて氷瀑「白(しら)猪(い)の滝」へ。
巨大なツララが続く滑川渓谷へ等々、石鎚の恩恵によるものは
風景だけでなく海へと続き豊饒の海「燧灘(ひうちなだ)」へと流
れて、海の恵みを人々に届けている。

 一度ゆったりとした時間を作って、石鎚へ連泊してみては
如何ですか。




     「新緑の想い出」                     岩澤 延恭

現在80才前後で10人足らずの仲間と写真展を開催し20回と
なった。写真が接着剤となり毎年の写真展が苦と楽の競合で、
家族ぐるみの付き合いだ。
 
更にPFJ会員となり、多くの作品を見せていただき勉強になる。
最近は年並みで行ける温泉と撮影地に、かみさん同行で車
での撮影旅行に行き、大判カメラと予備に中判カメラ持参で
出かけることが多い。

裏磐梯には数十回は訪ねたが、この達沢不動滝に遭遇しな
かった。
「新緑の滝」を求め友人からの教えで訪ねた。
日の出頃に到着、撮影地に入ったが誰もいない。一人黙々と
ひんやりした水の流れや、新緑のこの場所での撮影時間が
過ぎる。撮影箇所を移動しながら、カメラマンだけが味わえる
ひと時であった。




         「巨 樹」            永岡 和子

 十和田湖蔦温泉近くの蔦七沼巡りをすると、何本かの桂巨樹に
 出会えます。
 平成18年の例会時、竹内先生から“いいね”と言われたのがこの桂の
 写真です。
  
  当時巨木なら何でも撮っていた私でしたが、その時先生から“桂”を
 テーマにしたらどうかと勧められました。それ以来すっかり魅せられ
 撮り続けています。

  
  今までに撮った桂は、北は北海道から南は島根県まで百本以上に
 なります。
 巨木リストの本を見て訪ねますが、山奥にひっそり佇む桂を探すのは
 大変で案内人を頼んだり、また熊が出没する所も多く危険と隣り合わ
 せです。
 苦労して出会った桂の何と神々しかったことでしょう。忘れられません。
 
  これからも一番良い時に桂の神様が呼んでくれると信じて、ワクワク
 しながら桂行脚の旅を続けます。
 テーマを決めて撮る大切さ、楽しさを教えてくださった竹内敏信先生に
 感謝しています。

      

       「朝 焼」
         西 哲夫 
  

       これは、日本一標高の高い国道292号線沿いの渋峠から撮った
        朝焼けです。
         この作品の一週間前に訪れましたが、収穫が何もなく、気を取り
        直して次回のためのロケでこの構図を見つけました。


         翌週再度訪れ運良く朝焼けに出合い、 ワクワクながら構図は
        ロケ通り慎重に 決めました。
        出来上がったポジを見てヤッターと思いました。竹内敏信先生の
        指導される例会に出したら、驚いた事に先生は開口一番「これは
        傑作だ、すばらしい朝 焼けを撮りましたね」と話されました。
  
         先生の批評に感激しつつ冷静さを失い、それから先生の批評を
        夢の中で聞いている様で頭の中は真っ白でした。
この出来事は
        その後の私の撮影活動に大変な勇気を与えて戴きました。
 
         そして心に残った風景と一緒に、私の人生にすばらしい思い出を
        残して戴きました。
        写真活動は私の生き甲斐でもあり、それは日本写真家連盟の
        組織力の賜物であると大変感謝致しています。







    「寒と陽の戯れ」        舞坂 武光

私は家族の健康上の理由で、予定を立て宿泊を伴う遠方の撮影
ツアーの参加は無理で、“出かけられる時に日帰りで出かける”
フリーな撮影で活動しております。例会で諸先生にご評価を頂い
た作品を改めて見直すと、作品毎に撮った際の感動と思いが心に
生き生きと蘇り、全てが心に残る風景だと感じます。

この作品は第9回美しい風景写真100人展に採用されたものです。
「東古屋湖」の冬の景色や凍った氷の砕けた造形の面白さは格別です。
 それを撮るため、その年の冬も何度か訪れました。冷え込んだ
前夜に降った小雪が湖面を真っ白に覆ってしまい、砕氷は思うような
形を見せてくれません。仕方なしに朝日に照らされ始めた凍湖や、
対岸の景色などを撮りました。帰えろうと車で走りかけたところ、
それまで雪に覆われていた雪が突如融け始め、美しい縞模様が現れ
たので急ぎカメラをセットし、夢中でシャッターを切りました。
気が付くと夢のようなその景色は消えかかっていました。
「寒と陽の戯れ」としか言いようがないこの冬の一瞬の出来事でした。

 今年の冬も何度か行きましたが、このような景色は現れません
でした。恐らくこれから先にも決して経験出来そうもない撮影を
初めて経験したので、この作品に関しては特別な思いがあります。

 

      「早朝のブナ林」     畔原 己一   

     私のPFJ入会にお力添え願った方から電話があり、
    あした鍋倉山に行くが都合は如何かとの連絡をいた
    だきました。                   
     翌日は休みでもあるのでお願いし、二人で夜半の上信
    越道を走りました。茶屋池を過ぎ少し先の掘割まで行き
     少しUターン、道路脇に車を駐車。
    小さな木を片手でつかまりながら、三尺ほど下の雪上に
    降り、少し歩きながらようやく撮影地に着きました。 

      自分なりに撮影していると、オーイと呼ばれたので、
    振り向くとブナの根元に光が入り、モヤも上がっており
    ました。慌ててカメラを構えシャッターを切りました。
     当時は未だカメラマンも多くなく、我等を入れて5~
    6人しかいませんでした。
    その夜は戸狩のスキー宿で一泊し、翌朝もう一度行き
    ましたが、同じ光景は現れませんでした。

  「満 月」         中津 清次


 春夏秋冬、四季折々の富士山は千変万化である。
花々を前景にしたり、湖に写る逆さ富士、深夜の星や
月・黎明時のダイヤモンド富士。
とりわけ月を絡めた富士は、言葉で表現出来無いくらい
神秘的で美しい。

 この写真は平成16年11月23日・午後4時30分から35分に
掛けて撮影した。
場所は静岡県側の「朝霧高原」

 カメラマンが多数集合し三脚を立てる。待機中は雑談
が多かったが撮影中の数分間は、シャッター音だけが聞
こえる静寂が支配する。



        「湖 彩」      本田 君子
      

      この風景は、長野県王滝村の自然湖です。
      私は一年を通して何回も行きます。
      この日は秋晴れのとても良いお天気でした。
      胸を踊らせながらいろいろと撮り終わり、ふと後ろを
      見るとなんとも美しい光景が目につきました。
      急いでカメラを向けシャッターを切りました。

      そして、この灌木は春夏秋冬、まるでお洋服を着せ
      替えるかのような様子を見せてくれます。
      春はエメラルドグリーンのお洋服、夏は澄み切った
      お洋服、秋はこの美しい赤・黄・緑といったお洋服と、
      とても素晴らしいです。
       
       この時の風景をいつまでも心に留めておきたい
      思いです。
      自然湖大好きです。自然湖バンザイ。

 

    「名瀑 幻の滝」        会員   稲葉 光俊

 飛沫を全身に浴び大きく深呼吸する。計画は3年目に実 現、感激。
早戸川は丹沢山に通じる川筋だ。村人が造 った幅の狭い丸太の繋ぎ橋は
早戸川の対岸まで横切り 30m程ある。毎年、台風は激流を生み出し橋を
流す。10 月中 が、秋晴れと雨や川の水も少なく安全だ。
 

 幻の滝を求め3時間、幾度か川を横切り歩き現地に到着、滝は見えない。
高さ7m 程の絶壁が侵入を阻む。、危険だが手で木の根を探り掴み慎 重に
崖を登ると、目の前に早戸大滝の勇姿があった。
素晴らしい光景だ。
左側部に大きな盾の様な岩盤あり其の後ろに滝が有る。
弁当を広げ 幻の滝を眺める。
夏は深い霧が周囲を包み、滝は幻のごとく見え隠れする。

 他に滝や名瀑を求めたが、滝の中でも要注意は草津の「嫗仙の滝」だ。
入り口から真下に約 1km 40 分 ほど下る。さて帰ろう、真上に上る2時間、
1m 上り休憩、また1m上り休息する。苦しい帰路だ。
突然の雨 は数分で周辺を危険地帯化させる山間部の滝は多い。
常に避難道を事前に確めたい。

 
 
 「瞬 光 射 す」                  会員   浜野 年正

 北海道美瑛町に10月12日、紅葉を撮りに出掛けました。
 午前中は晴れていて、畑や林などを撮って満足していました。
 午後は十勝岳を目標に向かいましたが、霧が立ち込めて何も
 見えない状態でした。

  3 時頃に撮影を諦め帰り支度をした時、霧が晴れ十勝岳の
 中腹に陽が当たり、紅葉と雪面が浮き出てきました。
 急いで350 ㎜レンズを付け、ホテル等が入らないようフレー
 ミングし、シャッターを切りました。

  あまりにも紅葉と雪面の輝きとのコントラストがよかったので
 他のメンバーにも知らせましたが、一瞬のことでその現象は
 消えてしまい、その後は二度と 同じ現象はありませんでした。



 

   「雨中の渓谷」           会員  鏑木俊洋

 岐阜県の「付知峡(つけちきょう)」は、御岳山の南側の麓。東には、木曽駒ヶ岳や
恵那山などの木曽山脈が横たわる
木曽川の支流・付知川の源流に
位置します。
付知川は、澄み切った清流で名高いところです。


撮影の日は、生憎の大雨。
幸い、水が滔々と流れ落ちる迫力に満ちた「
(せん)(だる)の滝」出会いこころ
躍る思いで撮影準備。夢中でシャッターを切り続けました。

撮影を終えふと我に返った時には、川の増水による危険を感じ、急い
で安全な場所に避難した次第です。


残念ながら清流には出会うことが出来ませんでしたがその厳しい撮影
は、今でも忘れることが出来ません。

       「苔の原生林」     会員 松川 直彦      

 白駒池は北八ヶ岳の広大な原生林の中の神秘的な湖である。
標高2,100メートル以上の湖としては日本最大の天然湖で、国道
299号線から歩いて15分ほどで湖畔まで行ける。

 道沿いの白駒池入口に一歩足を踏み入れると、ツガ、トウヒ、
シラビソの原生林で、地面はまるで緑の絨毯をしきつめたよう
な苔一面で覆われている。

 最初にここを訪れたのは乗鞍、志賀高原の紅葉と同じ10月の
初旬に湖畔を彩るドウダンツツジの撮影が目的で、これを機会
に八千穂高原を好んで訪れることになった。春は白樺の新緑と
三つ葉ツツジ、秋には霧がかかった落葉松の黄葉が魅力的で何
度も足を運んだ。
 
「苔の原生林」の撮影ポイントは白駒荘の対岸付近の木道で
ある。原生林に覆われているため差し込む光によって微妙に苔
の色が異なり露出が難しい。

梅雨の晴れ間の7月初旬、瑞々しい苔の状態と柔らかな光に恵ま
れ神秘的な原生林の情景が再現され、心に残る一枚となった。

 

       「波 濤」        会員  玉川 修

  PFJ入会前のことです。西伊豆は台風なみの低気圧の中、曇天、  
 雨交じりの強風で写真撮影は諦めるしかない状況でした。
  温泉に入り、温まってから帰ることになり、堂ヶ島近くの浮島海岸に
 降りて行きました。山陰の入り江にも、大波が押し寄せていましたが
 何とか撮影ができそうです。
 手ごろの石を探してストーンバッグに入れて、三脚をやっと安定させ
 ました
  中判カメラ初心者の私はピントを合わせるだけで精一杯、露出を
 変え、絞りを変え、夢中で大波や大岸壁に向かっていました。
 ふと気づくと、仲間は全員、岩陰に避難していました。
  冷たい視線に動揺し、手仕舞いしかけた時でした。
 雲が割れ明るくなってきました。「夕陽が来るぞ!」と叫び撮影続行
 に決定しました。まもなく夕陽が波頭を照らし始めました。
 後は覚えていません。
  後日先輩に傑作が撮れたねと誉められ、PFJ入会後には、竹内
 先生からも「始めて数年でこんな写真撮れるものかね?」と賛辞を
 いただきました。偶然続きのビギナーズラックですが、未だにこれ
 を超える一枚がないのが残念です。

      「春の丘」           会員  久住 勝也

 90年後半、35ミリカメラメーカーの倶楽部に所属していたが講
師の露出の考え方と台頭して来たデジタルの採用に馴染めず退会
した。
 同じ頃、先輩に誘われて観た「四季の彩り」展に感銘して当会
に入会した
が、35ミリと中判カメラとの画角や被写体のスケール
感の違い等が飲み
込めず、両方のカメラで撮影日が続いた。
例会では滅多に○がもらえず、「四季の彩り」展も二年続けて
落選した。
 2000年長野県飯山市の菜の花公園(千曲川と斑尾山がバックの
菜の花畑
の定番写真で有名)に出かけた時、軽い35ミリだけを
持って坂道を登り
始めた。
誰も見向きもしない上り口の傾斜面に、芽吹き鮮やかな二本の

柿の木が満開の菜の花の中、白い雲が浮かぶ青空をバックに屹立
している。

 早速35ミリで撮るもバランスが気に入らぬ。そこで駐車場か
ら6x4.5
カメラを持ち出し漸くイメージにあったショットを物
に出来た。
 この時の構図作りが中判カメラの楽しさを知る切っ掛けにな
ったと思
っている。
 2003年の16回展に出展したが、これ以降飯山と斑尾高原が
私の
フィールドの一つとなった事でも私の「心に残った風景」である。




        「暁 光」          会員   徳田 桂子

神の啓示”

 PFJに入会して間もない頃のこと。裏磐梯に初めて写友と出かけ、早朝
の撮影ポイントをやっと見つけました。翌朝その場所は、深い霧で何も見
えず、別の所へ移動した方がいいのではとも思いつつ待っていました。

 諦めかけた時、突然霧が晴れ檜原湖と遠景の島が現れ、空は紫、湖面
は朱。
今まで出会ったこともない幻想的な光景が広がり、刻々と変化する
グラデーションにシャッターを押す手が震え、レンズ交換ももどかしくシャッ
ターを切りました。
この時の感動は今も鮮明に蘇ります。


 自然の織りなす神秘性、幻想性、意外性などの奥深さと写真の醍醐味
を、まるで神様が降りてきて、教えてくれたような気がしました。

以後、私の写真人生はどんどんのめり込み、稚拙ながら今に至っています。
 この時の写真が私の原点であり、心に残る1枚です。
 2002年の「四季の彩り」展(第15回展)に、題名「暁光」で出展しました。


     「棚田の春に」   会員  山本 浩三

  この棚田は、中国山脈の東部「氷ノ山」(標高1510m)の山麓に
   位置し標高は約900m位です。西暦1400年前後に開墾されたらしく
   水源は主に湧水と雨水で現在も湧水はこんこんと湧いております。
    気候は厳しく冬は積雪2~3m稲作には限界の標高です。
   しかしこの村人は開墾以来600有余年耕作を継け現在に至って
   おりますが、苦労は大変なもので、この地では寒さのため苗代が
   できず標高の低い地で苗を育てて田植をしていったそうです。
    田植は5月12日、苅取りは9月12日、それ以降は気温が低下して
   稔らないそうです。
    最近では種苗会社が品種改良をして寒さに強い苗をつくり、それ
   を購入して田植をするので、ずい分楽になったそうです。先人達は
   僅かな土地でも稲を作って食し、永い歴史を刻んできた「棚田」を
   現代の人はどう思って「米」を食しているのだろうか。
    古くはこの地「山名宗全」の支配下にあり、宗全に租を送ったとの
   記録が近くの古寺に残されている。
                        (兵庫県養父市関宮町別宮)
 




    「雪くる前に」         会員  安井 博道

 奥会津は豪雪地帯だが、四囲を幾つかの国立公園に囲まれた季節の    
 移ろいの美しい地域だ。
  ある日撮影の帰途、暮れなずむ集落で小雪の舞う中、村人が懸命に
 茅葺屋根を修復している場面に出合って撮った数カットの一葉である。

  一昔前には一つ屋根の下で農耕馬を慈しんできた曲り屋は実用性を
 失い、茅葺きも困難になってほとんど姿を消した。村名も今やない。
 鉄道は一度も通ったことがなく大型バスも通れない僻村だが、そこに
 暮らす人々の立ち居振る舞い、気質そして詩歌、歌舞、歳時などの
 伝統文化は輝きを失っていない。
  人文風物共にまさに日本の原風景を色濃く残す
(さと)である。

  PFJの題材には馴染まないかも知れないが、時に懐かしく思い起こす
  風景の一つである。
 
 往年の福島県南郷(なんごう)村(現南会津町)(あずま)地区にて。






         
         「畑の中の一本の桜」       会員  那須 三宏  

 
     今から7年前の春、現役時代から写真を趣味としていた職場の先輩
   
たちと、いわき市往生山の斜面に咲く山桜を撮りに出かけた時のこと。
    それこそ幾度か訪れた場所なので、昼食を摂るのも忘れるほど各自夢
    中になった。
     食後、次の撮影地へ向かう車中ではお互いにうまく撮れたかどうかの
    会話がはずんだ。古殿、鮫川、棚倉を経由し矢祭町に入ったところで、
    戸津辺のエドヒガンの大木を狙うべく水郡線のガードをくぐり抜けて
    現地へ辿り着いたのは午後3時頃であった。すでに盛りは過ぎてやや
    色あせた状態だったため器材を用意するのが億劫だった。
      帰路、しばらくして雨が降ってきた。国道118号線を南下し、茨城
    県との県境手前の畑の中に、それほど大きくはないけれど今や盛りと
    淡いピンク色の花を枝いっぱい咲かせている桜が目に入った。何とな
    くそんな桜をやり過ごし茨城県に入っていった。
    しばらく車を走らせたが落ち着けない気持ちをメンバーに話し了解を
    もらった。車を矢祭方面に転換し、再びその桜を間近に手早く撮影体
    制に入った。雨も降ったり止んだりだったので、チャンスをつかんで
    「畑の中の一本の桜」を撮影することができた。

     今では当時のメンバーと一緒になる機会が少なくなったが、いつか
    またその桜に逢いたいと思っている。

       「犬の道案内」       会員  寒川 善明   

 もう18年以上前のこと。南伊豆に子浦という小さな漁港がある。
子浦港から南伊豆自然歩道に従って10分ほど登ったところに遊歩道から
離れて左へ降りる路がある。
初めは遊歩道と同じくらいの道幅であるが、進むにつれて細く踏み跡程度
になる。
 少し迷っていると、子浦港から一緒に来た茶色の柴犬の様な小型犬は
通い慣れていると見えて先へ先へと進みだした。
私が止まると犬も立ち止まり「何をモタモタしているのよ。早く付いていら
っしゃいよ。」とでも言っているような風情である。
崖沿いの路が崩れてロープが張ってある箇所も、この犬はどうと言うこと
もなく通り過ぎ、やがて、ぱっと開けたように海が見渡せる崖の上に出た
 犬が案内してくれたとは言え、ひたすら歩いてきただけあって、見晴らし
の良さとスケールの大きさにびっくりしたものである。
人好きな犬のようで、ひょっとして私が気に入ったのかあるいは心配なの
か、撮影中も私から離れようともしない。
 急な岩の上に登って撮影しているとどこを登ってきたのか私のそばに
座っておとなしくしていた。まるで私の飼い犬のような振る舞いである。
 撮影が終わって私がこの急な岩場を降りたが、さすがにこの犬は降り
られず、犬を抱き抱えて降ろしたものである。
撮影かたがたこの犬に会いたくてその後何回かこの地を訪れたが、二度
と会うことは無かった。遙か昔の遠い想い出である。


     

    「尾瀬の四季」
     
会員 佐藤 正

 

   過去いろいろあるが、春の訪れとともに思い出すのが
   “尾瀬の 四季”です。一般には尾瀬といえば水芭蕉と
   いうけれど、尾瀬の静けさ、霧につつまれた沼々、優しく
   迎えてくれる沼辺に立つ白肌の貴婦人が印象的で心に
   残る。

    過去、雪に降られて、おぼつかない足どりでやっと沼を
   脱出した時の苦しさ。
   鹿島槍、仁科三湖の冬景、新潟松之山、奥日光の四季、
   関東地域の山、里を求めて撮影した壮年期の活気。

   “米寿”を迎え、足腰の衰えでまた訪ね歩くことは無理。
   懐かしい思い出として留めおきたい。






    「早春の樹勢」      会員 和田 憲

 少しさかのぼりますが一生忘れられないことが2006年5月21日に
山形県鶴岡市川代の山中で撮影を終えての帰路で起きてしまいました。
 月山の麓で町の牧場を越えて大きな溜池のその奥に広いブナ林があり、
地元の写友と二人で撮影していて、彼は写真を撮り終えて先に駐車場に
行くといって下山しました。
 私は何回か来たところなのでもう少し撮影するといって、残り15分で終え
一人で下りることにしました。何でもなく直ぐ彼が待っている駐車場に
着けると思ったのですが、道に迷い帰路が分からなくなりました。
 元に戻り携帯電話は圏外で連絡がつかなく、以前PFJから頂いた笛で
連絡を取ってみましたが駄目でした。仕方なく、周りの様子を見ようと
高い山目指して中判のカメラのフルセットを背負って残雪の中丘を越えて
尾根に辿りつきました。
 日没も近いので、今日はここで野宿をしようとカメラを置いて、見晴らしの
良い雪のないところを探しに辺りを見回っていました。
心配なのは、熊の出没と寒さでした。
 その時、友人が探しても見つからない私を心配して、鶴岡警察署に連絡
を取ってくれて、山形県防災ヘリコプターが来てくれ、救助された次第です。
その時撮影した「早春の樹勢」です。
 私の愚かな経験から、皆様におかれましては、充分ご承知のことと思い
ますが、山中に入るときは、どうかくれぐれも方向に万全の注意を払い
一人だけの行動は避けましょう。


       「安楽寺」       会員  奥村 忠夫    

   年数回、墓参も兼ねて京都を訪れる中、十数年前に写真を始
  め、秋の京都撮影も旅程に入れるようになりました。


   当時は案内書も持たず大体の見当で歩いておりましたが、偶然
  通りかかった銀閣寺隣の安楽寺の門前の紅葉に魅せられ、3年
  ばかり通いました。しかし、如何せん時期のズレで落葉に飾られ
  た石段はうまく撮れず、今一つの感じで終わっていましたが、たま
  たまその近くへ引き越すことになりました。

 
  今年こそはとチャンス到来を窺っていたところ、その年は紅葉
  の具合も良く、丁度散り始めた日に夜中の嵐の天気予報が出
  たため、翌日早起きして出かけて撮影したのがこの写真です。

   
その1年2か月後に他界した家内と京都での新しい生活をエン
  ジョイし始めたころの作品であったことも、この作品に特別の思い
  が有ります。


 


 
    「厳冬の渓谷」               会員  内藤 武通

  昨年の2月、寒い日が毎日続きなかなか撮影気分にならない。
 しかし、その日は珍しくいつもより暖かく感じる快晴の日和で
 あった。
  早朝に
3本の滝が続く奥多摩の海沢地区に入る。
 狭い駐車スペースに車を止め、ここから登山道に入る。
 渓谷沿いの最初の滝はあまり面白くない。ここから険しくなる
 第
2の滝を目指す。
 
 1時間以上のきつい登山道を登り、やっと滝音を聴く。しかし
 滝の姿はない。それはこの滝の手前に大きな岩が鎮座している
 からである。この滝を撮影するには、この大岩をよじ登り滝壺の
 淵に降りなければならない。
  しかし、岩の表面は全面凍結してつるつる滑る。滑れば間違
 いなく滝壺にのみ込まれる。
 どれだけ時間がたったであろうか、悪戦苦闘の末、やっとの思
 いで大岩をよじ登り滝壺の淵に降りた。滝を見た! 
  そこに見た風景は岸壁から結した滝壺まで伸びる古代ギリ
 シャのパルテノン神殿を思わせる太い氷柱群であった。まさに
 あの多数の氷柱群はパルテノン神殿の柱そのものであった。
  何と創造主は粋なことをするものか、私はしばしシャッター
 を切るのを忘れ自然の妙に浸っていた。



    「連理の樹」     会員  石坂 昌美  

    平成18年秋、先輩写友T氏に随伴して、八甲田を訪
   れました。
    当日は晴天、早朝の城ヶ倉渓谷を手始めに、酸ヶ湯、
   地獄沼、睡蓮沼など定番のポイントを巡り、昼頃、あの
   雪中行軍遭難記念碑に到着。
   昼食を摂りながら、新田次郎氏の「八甲田山死の彷徨」
   を思い出し、厳寒の八甲田山中で豪雪に呑まれ、無念
   にも命を落とした兵士たちに想いを馳せ、しばし感慨に
   ふけりました。
    食後、程遠くない道路わきから、身の丈ほどの熊笹を
   分け入って進むT氏を追って10分程も進んだでしょうか。
   深いブナの森に入りました。
   緩やかな上りさらに進むとその先に、寄り添うように立つ
   2本の巨樹が薄く靄った空気の中にほの白く浮かび上が
   っていました。
    じっと眺めているうちに、(史実にはありませんが)それ
   はまるで、雪中行軍で遭難した夫の姿を探し求めて森の
   中を歩き回っていた兵士の妻が、偶然に夫を探り当て、
   互いに手を取り合って喜ぶ様子に見えてきました。物音
   ひとつしない静寂の中で、感激のあまり言葉もなく静かに
   再開の喜びを噛みしめる二人の姿を想像し、静かにシャ
   ッターを切りました。

     

  




    「滝つ瀬」          会員   佐藤 哲之
 
 この作品は、2008年8月に秋田県こかは市、元滝で撮影しました。

元滝は秋田県鳥海山麓に位置し、苔に覆われた岩肌に緑の絨毯を敷き
詰めたような山肌を幾筋もの水が流れ落ちる伏流水で、緑と白のコント
ラストが目にも鮮やかです。

 私は渓流など水の動きのある風景写真を好んで撮ります。
影にのぞむ時は最初から撮るものを決めるのではありません。
自分で発想して発見して撮影に入ります。

写真は心の記録をする道具だと思います。 
自分の気持ちを第三者に伝えたい思いで撮った→枚です。










             「朝の光」               会員   浜野 年正      


            2009年3月中旬、大判の会で松代町の棚田撮影会に参加。

           ここ蒲生は日の出前から20名ほどが三脚を並べていた。
           霧が出て良い条件となり、2時間撮り続けた。日が上がってくると、
           ほとんどの人が帰って行った。

           その後、雪の棚田が突然朝日に反射し光りだした。
           急いで500mmレンズをセットし、速いシャッターで撮った。
           次にもう1枚撮ろうとしたとき、光がなくなった。

           今思うと、一瞬の朝の光が撮らせてくれた写真であると感謝している。










    「老木の春」                  会員   辻 繁仁  

 今から8年前の平成16年の春うららの4月のある日、桜の景色を求めて、
車で信州伊那方面に向かいました。
 駒ケ根の栖林寺で、満開の枝垂れ桜を小1時間堪能し、ここを後にした 
のですが、さて次はどこにしようかと田舎道の木陰に車を止め、あれこれ
思案の末車を出そうと前方を見ると、道の向こうに高さ2m位の崖があり、
その上に年老いた一本の桜が枝ぶりもよく立っているのが目に入りました。
 近づいてみると、年老いたとはいえ凛としたたたずまいで、こちらを向い
た枝がまるで腕をさし伸ばしているかのように見えたのです。
早速これはいけると機材を出し、10数分撮影し次に向かったのですが、
帰ってからその日の収穫を比べてみると、全く偶然のこの1枚が断然光っ
ていたのです。
 竹内先生に月例会で「姿がよい」とお誉めにあずかり、18回のPFJ展
にも出展させていただきました。
 翌年ここを通りかかったのですが、前に伸びた枝を切られており、その
翌年にはさらに数本の枝を切られ、見る影もなくなっていました。
もうこの写真の桜は見ることができない、あの時車を止めたからと思うと、
まさにシャッターチャンスは出会いであって、一期一会のその一瞬を大事
にしなければならぬと、改めて感じ入っている次第です。

   
  「竹内ポイント」    
  会員 中田 利昭

 “竹内ポイント”聞いた人もあると思いますが、福島県裏磐梯の
小野川湖を見下ろす高台をこう呼んでおりました。
竹内先生は、裏磐梯は写真の宝庫、写真の教室だと言っておられ
ました。この高台はいわば教壇、先生お勧めの場所でした。

 10数年前、私たちが初めてこの高台に上った厳冬のあの日、
小さな雪山を三脚を杖にやっと上に辿りつくと、そこにはすでに
カメラマンが何人か陣取っている。雪を固め三脚を立て太陽の
昇ってくるのを待つ。
気温は-
10度。太陽が昇り始めると湖畔に薄霧が漂い、小野川湖が光で薄赤く輝き、雪面もピンク色になり、空中にはダイヤモンドダストがキラキラと輝く。かじかんだ手で何度もフイルムを交換する。交換する時間がもったいない、そんな裏磐梯の厳冬のあの美しさ、あの感動は一生忘れえぬ心に残る風景です。
 最近は、地球温暖化でダイヤモンドダストも出ることもなく、
周辺も開発されてこの高台もあるのかないのか分かりませんが、
中判を始めた頃のあの竹内ポイントからの光景は今も感動が甦って
くる懐かしい風景です。

   「躍 動」               会員 矢口 勉

 中判をやり20年くらいになりますが、滝の魅力にひかれ相当箇所撮影しました。
これは平成16614日秋田県森吉町太平湖—小又峡の三階滝です。
女性的なしなやかさに魅せられ、撮った々・2202本ほど? 高さがあり、
手前には岩があり一歩前へ出にも足ががくがく震える。高所恐怖症だったんです、
夜酒の肴にされるも命があってよかった。

 何も忘れてのめりこむって此のことですね。この作品は平成17PFJ写真展に
合格し展示されました、有難うございました。

















    「岳樺秋景」             会員  御子柴 正義     

 この忘れられない風景に出会ったのは、平成10年の秋のことでした。
当時は鳥海山付近を集中的に撮っていて、特にブナの魅力に熱中して、何年
にもわたって何度も足を運んでいました。
 この作品は、紅葉とダケカンバの白い輝きに感動し、4x5のカメラに6x9の
フイルムホルダーを付けて撮ったものです。
ただこれには苦々しい失敗の後日談があるのです。4x5のクイックホルダーで
50枚もの撮影したフイルムを現像に出したところ、全て未露光になっていて
唖然としました。クイックフォルダー内部ツメに欠陥に欠損があったのが原因
でした。
 ただ、事なきを得た6x9ホルダーで撮ったものが、第12回「四季の彩り」展の
ポスターに決まり、その役割をはたすことができました。
 この写真には、さらなる後日談がありまして「四季の彩り」展会場でこの作品
が売れたのです。購入された方は立派な紳士で、後にわかったことですが、某
医科大学の名誉教授の方でした。
 後日「客間の壁に掛けて朝夕楽しませていただいています」との丁重なお
手紙をいただきました。嬉しいこともあるものだと、50枚の未露光フイルム
など忘れてしまうほどの思い出深い、心に残った風景となりました。      

 
  「櫻 川」
                    会員  倉田 靖彦
  
 「櫻」への思い入れは日本人固有ののもののようである。櫻が咲く時期になると
今年は開花が早いの、何日遅いのと櫻への思いと櫻を愛でる気持ちが一つになる。
 
 この気持ちは日本人なら誰しも同じであろう。櫻は朝夕の光や見る場所・角度に
よってさまざまに変幻するが、その櫻が最も美しく咲き誇る瞬間の姿を求めて山野
を逍遙する。そして満開の花びらが一輪一輪こぼれ落ち飛び散る瞬間の風情にも
感動してきた。この「櫻川」は新宿御苑の千駄ヶ谷門近くの落下を撮った作品である。
 
 櫻前線が北上する頃には必ず一雨・二雨がある。その日まで満開に咲き誇り輝き
を放っていた櫻達は、この後あえなく散り行く運命の刻を静かに待つ事となる。
その時節を読んで翌朝一番入りした所、夜来の風雨で飛ばされた花弁は地面に
雪のように舞い降りると同時に蘇り、まるでピンクの星華が大河となって流れていた。
春の終焉の宴は華麗かつ艶やかで、そこには早く撮ってくださいと言わんばかりに
精一杯の天の川咲かせてくれていた。
 
 櫻の一生は短い、我々の人生も人類の歴史から見れば一瞬の光に等しく、あと
何度この情景を見ることができるのか思うと、人生も櫻の命同様に儚いものです
 
しかし、必要以上に悲観的にならず、今この瞬間の人生を楽しむことを今後も大切
にして撮影を続けたいものです。    






 
 
「海霧の浜」          会員 佐藤 吉栄               
 PFJ同期入会した、故髙橋清氏との撮影旅行の思い出写真である。彼とは同郷であり親友であり、退職後の彼に写真を勧めた関係で、私は多少の責任を感じながら、ときどき撮影や写真談議を楽しむようになった。2004年のことである。彼の誘いで、二人には初めてとなる海霧の撮影に出かけた。1222日、名古屋で乗り継ぎ那智勝浦着。駅でレンタカーを調達し一路目的地へ走り、翌朝の撮影場所の下見を済ませ旅館に入る。 
 翌朝、日の出前に現場に到着し三脚をセットしたが、残念ながら曇りで海霧は出ない。宿に引き返して天気待ち。回復の兆しが見えた昼近く、被写体を求めながら串本方面に車を流し、紀伊大島などの眺めを楽しみ夕方宿に帰る。明朝の天候と海霧発生の願いを込め、天気祭りとばかりに伊勢エビの造りと刺身で酒を酌み交わした。ふたりにしてはめったにない豪勢な晩餐であった。
 24日、天気祭りが効いたのか天気は晴れ。期待して現場に着くと既に三脚の列だ何とか場所を確保して日の出を待つ。空には程よい雲が点在し、金色に彩られ始めたが海霧は出ない。太陽が出てしばらく経ち、直射が海面を照らし始めると、あっという間に海霧が現れた。フイルムの入替ももどかしく、夢中でシャッターを切った。
 初めての自然現象との遭遇に特別な感動を覚えた思いがある。古座川の冷えた淡水と暖かな海水、太陽光がつくり出す自然現象に恵まれたことを彼と共に喜び、無事帰京夕食を共にして別れたものである。彼はその後不治の病におかされ、平成
208月に他界された。そのせいか、二人で撮影したあの時の写真が、私にとって友情の融合作品として永遠に忘れられない「心に残る作品」となった。


  「湖の朝」               会員 鏑木 義之

 私は生来『適当』が好きな人間です。行く先々で、その場、その場に
在るものに何かを感じ、足が止まり、目に留まる次に撮りたいと感じたら
撮るといった風にしています。ここに掲載させて頂いた写真も、奥日光
湯の湖での早朝の湖畔の風景で、親友であり、私をカメラの道に導いて
くれた恩人のような友と朝食前の散策時に、何となく感じるものがあり
カメラを向けて撮ったという、いつもの作業でした。写真はその人自身
だと思います。
 他者は見向きもしない風景にも、ある人は感じ、その人の心を写す写真
になるものだと思います。恩人のような友と申したのは、ただの友人とい
うのではなく、20年位前になりましょうか、「退職してからも先楽しめる
何かを持った方がよいのでは」との一言に、小生は35mmのカメラを買う
ことから教えられました。
 今はカメラが最大の楽しみになっております。また、下手な俳句も、
99
歳まで元気に句会に出ておられた大先輩に「そば屋の2階で句会を
やっているから、よければ遊びにいらっしゃい」と誘われてその道に
入りました。
その後俳句も写真も「切り取る」が共通した基本と教えられました。




 「光 芒」             会員   蓮尾栄一

 写真は子供の成長記録か旅行の思い出記録から始まり、PFJへは遅い入会だった。
写友に恵まれて撮影活動に入る。しかし、毎月の例会に出せるような写真が思うよう
に撮れず、悩みの連続。撮り貯めた
300枚のポジを講師の竹内敏信先生に見ていただく
機会があって、撮影対象は渓流にしたらとの指導を受ける。

懇意になったカメラ店から撮影会に誘われて出かけた最初のポイントがこの栃木県
尚仁沢である。このときの作品は例会でも好評で、「四季の彩り」展の出展作品
「幽玄の谷」になった。

翌年から尚仁沢は気にいった撮影ポイントと決めて、出かけることにした。東京から
地理的に便利であるが、夜中に出発しなければならず、初夏梅雨明けの頃天候を見なが
ら、写友を誘い、また
1人で出かけては一瞬の光芒の作品撮影に夢中になる。何回か訪問
を重ねるにつれ、点景の配置など考えながらシャッターを切るようにした。そのときの
一枚がこのお気に入りの写真である。

 後日談になるが、続けて「四季の彩り」展に尚仁沢の作品再出展を期待し、応募した
もののみごと選外。ポジの返済を受けて、すぐにペンタックスファミリーの年刊作品
募集に応募したところ、合格し、更に
A4サイズの年刊表紙にも採用された。この
「光芒」は今でも心に残る作品である。

 年々単独で真夜中の出発や車中泊で出かけることが困難になってきたが、来年はこの
光芒にふたたび出会いたいと願っている。




 「夕 照」            会員 木村忠尚  

 本格的に写真を撮り始めた頃は、自然全般でしたが、徐々に 自然豊かな山岳に目が向くようになりました。山岳は、麓から山頂まで高度差があり、その高度に応じて季節の変化があり、風景も変わります。言ってみれば、何か得した気分です。しかし、山岳の気象変化は目まぐるしく、天気予報があ てにならず、一枚もシャッターを切れないときも多々あります。  
 涸沢を初めて訪れたとき、3000mを超える穂高連峰の山々に屏風のように囲まれ、その迫力に日本にこんな所があったのかと感動しました。それ以来、槍、穂高に足繁く通い、八ヶ岳とともに風景写真のフィールドとなりました。この写真は、北穂高 岳からの夏の夕刻の1枚です。上高地から約20km、重い機材を背負い、登山道を一歩一歩進むことは大変な労力です。途中、この後まだ何時間も歩かねば山頂に着かない現実を認識したとき、くるりと向きを変え、下山したしたくなりました。しかし、そこで休憩し、足元に高山植物を見つけて癒され、また登ります。この繰り返しでようやく北穂高岳山頂に着きましたが、周囲はガスに覆われ何も見えませんでした。そのような状況でひたすら待ち、夕刻になると、滝谷のガスが流れるようになりました。頭上には青空も覗くようになり期待が膨らみます。しばらくすると、滝谷の岩峰が黒々と浮かび、笠ケ岳を背景に雄大な山岳風景が姿を現しました。滝谷のガスが流れ、太陽を遮ったその瞬間の1枚で、自然のりなすドラマに感動しました。山岳写真は一期一会です。次にどんな風景に出会うか楽しみです。
    

   「湖」              会員  新井 和夫

  この写真は私が高校3年生の頃(昭和28年)、風景写真として相模湖
で撮ったものです。
 1953年は日本が戦後の復興のメドがつき、吉田茂のバカヤロー解散、
初のテレビ放送、スーパーマーケット、電気洗濯機の普及、そして映画
「ローマの休日」に端を発した「ヘップバーン・スタイル」等々、懐か
しい時代です。
 当時はカメラが非常に高価で祖母に“ねだって”やっと買ってもらい
ました。太陽堂光機(株)のビューティフレックスという2眼レフです。
また、親の家業が映画関係だったので写真に対しては理解があったよう
です。
その頃からカメラ雑誌の影響からか作品作りを意識する様になりました。
夜景、合成写真、2重撮り、造形的なもの等々、今でもそれらの写真は
残っています。
さてこの「湖」と題した写真は「フォトアート」と言うカメラ雑誌の
昭和
2812月号に応募し採用された1枚です。撮影現場は少し霧が出て
いましたが、「木の造形」「かすんだ山々と湖」、そしてかすかに見え
る湖に浮かぶ「舟」などを合わせて映像にしてみました。なおこの写真は
自分で現像・焼付したものです。
余談になりますが、この「フォトアート」誌は当時のプロの土門拳、木村
伊兵衛、大竹省二、緑川洋一、秋山庄太郎と後世に名を残す作家で構成
され、多いに感銘を受けました。
雑誌と写真は現在も保有し、“私の心に残った風景”とともに宝物にな
っています。

    「時空夢幻」                会員  立石 広美   
  
  越谷市に移り住んで約1年半、駅前に映えているポプラの存在が気に
 になっていた。寒くなりかけた12月のある夕刻、その樹の側まで近寄り
 しみじみと眺めてライカ判で試し撮りした。この日は「樹」の迫力に負け
 てポジションが定まらず、ショゲて帰宅。1週間後に再挑戦した。
  これを、何時、誰が植えたものか分らないが、いつまでも此処に有っ
 て欲しいと願いつつ気持ちを込めて撮った。
  これは、13年前にこの作品を撮影した直後にその時の心境を書留め
 たものです。
  この8年間、私はテーマに取り組んでいた関係で、例会には作品を持た
 ずに出席し“見とり稽古”での参加とさせて頂きました。そんな訳で、例会
 に出した新作が無く、いざ、“心に残った風景”がありますかと問われる
 と、正直なところ過去の作品を持ってこれですと決めることに戸惑いが
 ありました。
  通常、一枚の作品を選ぶときに思い描くのは、自然豊かな環境で撮影
 した時のイメージで選びがちですが、今回あえて選んだ一枚は私が在住
 している越谷市の駅前で撮影したものです。 
  創作に自然条件は大切な要素ですが、そればかりに頼るのではなく
 自身の感性を磨き・高めることが最も重要なのだと言うことが、この時
 明確に分ったからです。
 今後もこのことを念頭に置き撮影に当たりたいと思います。

  「顔振峠」        会員 山口 泰雄 

 何時の頃からか、3月の声を聞くと今年の顔振峠の梅は
もう咲いただろう
かと思いをはせ、毎年のように峠に通う
ようになった。
 掲載の写真は、PFJに入会して最初の写真展に出品した
「峠路に咲く」です。残雪の奥多摩・秩父の山々を背景に
下部の紅梅と白梅を撮ったものです。顔振峠は西武線吾野
駅から黒山三滝へ越える峠で、昔源義経主従が奥州落ちの
際、あまりの展望の良さに何度も振り返ったとの伝説が残
る峠です。峠には三軒の茶店があり、私の撮影エリアは傘
杉峠へ百米ぐらい離れた富士見茶屋の南西斜面です。
 晴れていれば丹沢から富士山をはさんで奥多摩、そして
武甲山に至る山々を望み、斜面に点在する紅梅白梅のただ
ずまいは実に見事です。
 私の好きな被写体であり、心なごむ桃源郷的存在でした。
いつも峠に到着すると、光線状態がフラットにならないうち
に早く撮影を済ませ、飽きることの無い山々を眺めてビール
を飲み、予約しておいた峠名物の手打ちそばを賞味するのが
私の至福のひとときでした。
このところ久しく顔振峠を訪れていません。また新しい角度
と視点の顔振峠をめざして、峠通いを再開したいと思って
います。

 「八幡湿原の冬景色」      会員  此下 勝士

 広島、山口、島根の3県に跨がる西中国山地国定公園のほぼ
中央に位置する八幡湿原は日本の湿原分布の南限に当り、学術的
にも貴重な湿原と云われています。
 その湿原が四季折々に見せる彩り豊かな景観に魅せられ、20年
近く通い続けております。四季の中でも特に冬は、この地域が
中国地方有数の多雪地帯で寒いと云うこともあって通常この近辺
ではあまり見ることのできない、印象に残る風景に出会うことが
できます。
 写真「氷結の刻」はPFJに入会前の平成7年1月、この湿原の
尾崎沼で撮影したものですが、昼間の暖かさで溶けた沼面の氷が
午後の気温の低下で再び氷結を始めているところです。駐車場
から800mをスノーシューを履き、たどり着いた沼でのことですが
静寂の中、ミシ、ミシと音を発して氷結していく様に、寒さや
時間を忘れ撮影したことを思い出します。
 それから2年後、平成9年にPFJに入会させてもらい今日に至っ
ているのですが、八幡湿原の写真については平成15年の第16回、
「四季の彩り」展にて「湖畔」と云う題名で出展させてもらっ
ています。 これからも写真を続けている間は通うことになる
と思っています
が、自然が与えてくれたかけがえのない財産である、この湿原
がありのまま後世に残ってくれることを願い願い文を終えます。